日本のフィランソロピストたち No.2
社会貢献活動に尽力した人たちを紹介する「日本のフィランソロピストたち」。
第二回目は、「斉藤善右衛門」です。
斉藤善右衛門
自分の財産は、神から管理を任されているにすぎず、「過剰の財産は悉く之を公益事業の基本金に提供せよ」とは彼の理念であった。
斉藤善右衛門は、1854年に生まれ、戊辰の役で戦死した父のあとを15歳で相続、以来懸命に働いて、明治の資本主義初期を生きる。
56歳までは「営利の時代」だったが、以来72歳で亡くなるまで「報恩の時代」として、「斉藤報恩会」を設立、もうけたものを社会に返すことに専念した。
東北帝大の学者たちの研究を支援した斉藤報恩会は、大正12年に財団として設立された。
斉藤報恩会の支援で実った研究のひとつに、八木アンテナがある。東北帝大工学部の「電気を使用する通信法の研究」に対し、合計21万7千円の援助が行なわれた。
この結果、八木アンテナが開発され、今のテレビのアンテナに結びつく。
善右衛門は質素な生活を心がけたが、世間では「ケチ」という者もあったらしい。
彼にとっては、そのほうが安心でき、無常の楽しみであると講演でも語っている。
昭和のはじめ、善右衛門の伝記が編まれているが、東北地方で屈指の大富豪でありながら、質素な姿勢を崩さなかったことは、著者の文章からも伝わってくる。
善右衛門は、ムリをして寄付をしたのではなかった。また、名前をあげようと思ったわけでもない。
報恩主義というのは、神の恵みを返す営みで、それが人間にとって自然で、負担のないやり方だと信じていたのである。自己犠牲だとは全く考えていないし、善行をしているという気持ちもない。
財団は東北帝大だけでなく、東北六県の官公立大学の研究者に助成金を交付しはじめる。
ほかに、日赤支部と連携して、無医村での医療事業、大正13年には宮城県の小手田町に斉藤報恩農業館をつくり、農業開発事業を応援する。
フィランソロピーを論じる場合に、「日本にはキリスト教信仰の土壌がない」と言われる。
だから根付くのはムリだというのである。
だが、仏教や神道には、隣人愛という考えはないのか。
何教かという問題よりも、信仰心のあるなしが大きいのだと思う。
神仏にも企業フィランソロピーに通ずる萌芽はある。
斉藤善右衛門の生き方は、そのことを教えてくれているように思う。
斉藤報恩会は、現在でも参考になる多くの特徴を持った財団である。
(四方洋:日本フィランソロピー協会発行”フィランソロピー入門”より)
2005年09月05日
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「聴導犬」を知っていますか?
品川駅のホームで、仕事中の「聴導犬」に出会った。オレンジ色のユニホームを着け、ご主人の隣でチョコンとお座りの姿勢をとっている。
聴覚の不自由なひとに代わって家の中では、目覚ましやインターフォンや電話の呼び出し音を伝えたり、外出時には車のクラクション、ご主人の名前に反応するように訓練されている。
補助犬法ができて一年以上がたつが、まだまだ市民権を得られず、相変わらず入店や入場を拒否されることが多いそうだ。「他のお客様のご迷惑になりますので」。そんなときはすかさず「ちっとも迷惑じゃありませんよ」と一言、声に出してあげてほしい。



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