新しい生活環境文化を創りたい〜東京大学生産技術研究所・山本良一教授インタビュー〜

近代の科学技術と市場経済の発展によって、私たちの生活は物質的に恩恵を受けた。しかしその一方で、地球温暖化や砂漠化、生態系の破壊などの環境問題や、貧困、人権などの社会問題が顕在化してきている。これらの問題に向き合うべく、国際的にあるいは国内でも多くの枠組みや制度がつくられるなどさまざまな取り組みが行なわれてきている。だが、私たち一人ひとりが問題意識を持ち、行動を起こしていかなければ真に実効性のある解決には至らないのではないだろうか。このような視点から、前著『1秒の世界』において地球生態系の現状を直視するべく問いを投げかけ、続く『世界を変えるお金の使い方』で、私たち一人ひとりの購入、投資等の行為にも社会的責任が伴うことを訴えかけた東京大学生産技術研究所教授・山本良一氏にお話を伺った。

金儲けのためのノウハウ本ばかりではいけない

――今回のご企画(『世界を変えるお金の使い方』)素晴らしいですね。この本を出そうと思われたきっかけは何ですか。
山本 ある時、本屋へ行ってみて衝撃を受けたんです。本棚に並んでいたのは金儲けのための本がほとんどだったんですよ。逆に、お金をどううまく使って社会を改革し、環境を改善するか、という本は見つけられなかったんです。お金を稼ぐのは手段であって目的ではないから、これは困ったなあと思ったのがきっかけです。
――本当にそうなんです。稼ぎ方、儲け方の本はあっても、どう使うかというのはないですよね。
山本 この本をインターネット上で絶賛してくれた人がいるんですよ。神田昌典さんという若手の経営コンサルタントの方なんですが、僕は知らなかったんだけれども、学生が教えてくれて調べてみたらお金の儲け方の本を書いている方でした(笑)。
神田さんに本の出版記念パーティーに来て欲しいとお願いしたら喜んで来てくれて、「今までは、いかに儲けるかだけを考えていて、お金をどう使うかは考えていなかったけれど、金儲けだけ一生懸命やっているのはむなしいので、これからは『世界を変えるお金の儲け方』をやります」と話してくれました。
――神田さんにとっては目からウロコ、だったのでしょうね。どんどん儲けて、どんどんいいことに使ってほしい!
山本 いくつか事例を挙げてくれたんですが、その中のひとつはファンドレイジングの話で、「いのちの電話」のメール版のウェブサイトの運営に年間七〇〇万円必要なんだけれども、サイトを運営している人が企業に広告を出して、「いのちのメール」のシンポジウムを開くということでお金を集めたら一日で集まったそうです。それで一年の残り三百六十四日はサイトの運営に集中できるんですよ。これこそ世界を変えるお金の儲け方ではないかと。これからは若い人にもっと頑張ってもらわないといけませんね。
――神田さんはいわば天敵だったのが、この本を読んでパートナーになったわけですね(笑)。
山本 「製品・サービスの購入のまさにその瞬間こそが、大げさに言えばあなたが世界を変える『その時』なのです」。(『世界を変えるお金の使い方』序文より) 彼は、特にこの文章は歴史に残る名文章だと言ってくれました。
――まさに消費者の主体的な参加ですね。この企画はこれからの若い人を育てるにあたって、社会教育や環境教育をする先生方にとっても、いいサポートになりますよね。

一番の問題は道徳力の低下

――お金の使い方については「かっこいい金持ちのモデル」が日本にはなくて、お金に関してますますねじれた認識になってしまっていると思うんですが。
山本 いろいろな問題があると思うんです。教育も悪いし、税制など社会制度も整っていない。でも特に教育が重要だと思うんです。日本にも自分の身銭をはたいて、社会のために活動していた人が歴史上にたくさんいるわけですよ。例えば日光の杉並木は、松平伊豆守信綱の養父、松平正綱が徳川家康の恩に報いるため、二十三年の歳月をかけて約二万四千三百本を植樹し、日光東照宮へ寄進したものですが、そういうことをぜひ学校で教えて欲しいですね。
――おっしゃるとおりですね。個人の方や、あるいは企業家の方で社会のための活動をしてきた方は、江戸も明治もいましたよね。戦後、以前の道徳観を崩したけれども、それに代わる民主主義の中での新しい道徳観を創らないで来てしまったんでしょうね。
山本 第二次世界大戦の前までは、滅私奉公で、「公」が重んじられる時代とよく言われますが、敗戦後は一転して、今度は自己実現、私利私欲の追及が一番いいという、変な話になってしまったんです。
――「Public」を「公」と訳したことによって、「官」のイメージになってしまって、「Public」は「私」も担うんだという意識が薄れてきたような気がします。
山本 日本の伝統文化の中ではずっとあったわけですよ、というのは仏教の根本には、自分よりはむしろ大衆のために、いわば「菩薩道を歩め」という思想があるわけです。自分ひとりだけいい暮らしをして学問を究めてもそれだけでは不十分で、「十字街頭にあってまた向背なし」、つまり社会公共のために働かなければいけないということなんですが、それが弱くなってしまっていますね。僕は、いま一番問題なのは、道徳力の低下だと思うんです。人間には、技術力や財力など、いろいろな「力」があると思うんですが、一番道徳力のところが弱くなってしまっているのではないかと。
――いま、子どもに道徳力を身につけろと言っても、大人が持っていないわけですから、大人が生き様を見せないといけないですよね。
山本 大人がやってみせるしかないでしょう。この前テレビを見ていたら、三国志で有名な諸葛孔明の直系子孫が暮らす村、諸葛村が見つかったそうです。そこでは、質素に暮らさなければ高遠な志を立てることはできないという先祖の教えを現在でも忠実に守って生きているそうですが、村の長老にどうやって教育しているのかをインタビューで尋ねたところ、言って聞かせ読んで聞かせたりするけれども、最後は「身教」、つまり身体で教えるしかない、と。自分でやってみせて教えるしかないんですね。
――いまは理屈だけで身体にしみていないですよね。だから生きる力もなくなってきてしまっているのかもしれません。

環境への関心は公害・資源問題から

――先生のように材料科学をやっていらっしゃる方が、環境に関心をもたれたきっかけはなんだったんでしょうか。
山本 私は東京大学工学部冶金学科出身なんですが、金属産業は公害問題の元凶でしたから、そもそも公害や資源の問題には敏感だったんです。ちょうど二十年ほど前に、「材料テクノロジーシリーズ」という本を二十冊編集する機会があり、第一冊目は「未来社会と材料工学」というタイトルで、資源問題、公害問題、健康問題を議論したんです。一九八五年に出たものですが、その中ですでに温暖化の問題は議論されているんですが、バブルの真っ只中だったのですっかり頭から抜けてしまっていたんです。バブルは、経済だけでなく、研究分野でも起こっていたんですよ。一九八九年にアメリカで温暖化が進んでいるという認識が広まったことから、一九九〇年くらいに考えを改め、全力で環境問題に取り組み、環境に徹底的に配慮した材料を作らなくてはいけないということで「エコマテリアル」という概念を提唱しました。その当時はあまり反応は芳しくなかったんですが、現在、日本では二百八十六社が千九百種類のエコマテリアルを開発して市場に投入しています。なので、ちょうど転機は十五年前ということになりますね。
――環境問題といえば『沈黙の春』は一九六四年に出版されましたが、その後もどんどん悪化しました。
山本 いや、あの本も相当社会に影響を与えて、科学者たちの姿勢が変わったといわれています。しかし、問題は時間がかかりすぎるということです。水俣病など公害問題も解決までに時間がかかりすぎていますが、さらに現在起こっているオゾン層破壊や地球温暖化の問題も対応に時間がかかりすぎていて、このままではまずいと思います。
――今からそんなに時間をかけていたのでは間に合わないでしょう。なんとかしなくてはと思っても、十年後、二十年後に環境が悪化しているということは日常生活の中では想像しにくいので、私たちもまだ身にしみた実感はないのかもしれませんね。
山本 長期的将来をきちんと考えて、現在は苦しくとも我々は正しい方向へ歩んでるんだと示されていれば私たちは安心感が得られるんですが、現在は示せていないんです。そこが問題なんです。
――それを示すのがリーダーなのですが……。ところで、ご著書の中にもありましたが、ブランドの社会的責任は重要だと思うんです。エルメスのバッグを五十万で買って、二十年使えばいいというのはとてもわかりやすいですよね。環境に優しい製品でも大量消費をしている限り環境負荷は減らないというリバウンド効果を考えると、高品質のものは価格を高くして、長く大事に使うという消費者の姿勢も大切だと思うんですが。
山本 結局、モノとか技術だけでは解決できなくて、私たちの意識とあいまって問題は解決していくのではないでしょうか。先端技術を使いこなすためには、私たちはある程度教養を高めていかないといけないと思います。
 いわば良寛さんのような気持ちになって現在のハイテク技術を使えば、地球環境問題を解決できるのではないかと思うんです。技術力と道徳力を両方持っていないといけませんね。
――そういう意味では、初等教育から高等教育までのカリキュラムに「道徳力」を入れて教えて欲しいですね。
山本 むかし、日本にいた立派な人たちを紹介していないですよね。例えば、江戸時代に米沢藩の藩政建て直しに尽力した上杉鷹山(ようざん)。報徳仕法という合理主義的な考え方を提唱した二宮尊徳。十分な対話を通じて、相互の信頼をもとに藩政改革を進めていった「経営の神様」と言われる信州松代藩の恩田杢(もく)。彼は、悪人までも善人に変えて使っているんです。この改革の内容は「日暮硯」という本に綴られています。あと、備中松山藩の藩政改革を行った山田方谷(ほうこく)ですね。彼は人の心を捉えるのが天才的でした。藩札を発行しすぎてインフレになったとき、価値がなくなった藩札をすべて銀と引き替えて回収し、大勢の人の前で藩札を焼き捨てたんです。つまり信用を再建するためにショーを行なっているんですね。それでまた新たな藩札を発行したわけです。私たちの先祖には素晴らしい人がいるのをなぜ教えないんでしょうか。
――教える立場の人が教えられて来ず、知識や道徳が断絶してしまっているわけですから、もう一度モデルを作り直さないといけないでしょうね。
山本 ロールモデルが必要ですよね。現代でいうと、『世界を変えるお金の使い方』にも登場している障害者が働くパン屋「スワンベーカリー」の推進者・小倉昌男さんや、関西で「障害者を納税者に」をスローガンに頑張っている竹中ナミさんなどがその例でしょうか。
――障害のある人たちを「Challenged」と呼んでいますよね。まさに逆転の発想です。

新しい生活環境文化を創りたい

――次の企画は何か考えていらっしゃいますか。
山本 『一秒の世界』、『世界を変えるお金の使い方』のシリーズで今度はカバーを赤色にして『2℃』というのを企画しています。世界の有識者は産業革命以前から気温上昇が二度を超えたら阿鼻叫喚の地獄になると考えているのに、日本ではほとんど知られていないのでなんとかして「2℃」を広めようと思っているんです。2℃をいわゆる臨界点と捉えると、現時点で平均気温がもうすでに〇・八度あがっているのであと一・二度しかない。二度上がったら大変なことですよ、と。
――ひとつのキャッチフレーズとして広めようと思っているわけですね。具体的に二度上がったらこうなる、ということを提示されれば、私たちも実感がわきますものね。ただ、処方箋もくださいね。
山本 もちろん、でないとパニックになるだけですから。さらに本と合わせて2℃ブランド商品を作ろうかと思っています。温暖化をくい止めるためのブランドですね。そうすることで、「2℃」を意識してもらうことができる。例えば、インターフェイスという会社が作っている床のタイルは、製造工程で二酸化炭素を一切排出していないし、九五パーセント以上はリサイクルできるんですが、セールスポイントはカーボンフリー、つまり製造工程で二酸化炭素を出していない、ということです。
――「環境に配慮しています」というだけではなく、具体的な数字を明確に出していることが、かえって信頼感が持てますね。
山本 あとは「エコセレブ」を提唱しようと思っています。既に知名度のある人で、環境問題や自然保護を呼びかけている人たちは、アメリカにはたくさんいるんですよ。例えば、レオナルド・ディカプリオはハイブリッドカー・プリウスに乗っているんです。また、映画「デイ・アフター・トゥモロー」に出演したジェイク・ギレンホーンは、映画製作時に排出した二酸化炭素を吸収させなくてはいけないと、モザンビークで植林しているそうですよ。日本でも「エコセレブ」を広めることによって新しい環境生活文化を創ろうと思っています。
――ロールモデルとして有名人を活用するのはいいですよね。それをみんながかっこいいと思うと、火がついて広がりますね。
山本 私の専門は環境に優しい製品、技術ですから、これを普及させるためには、お高くとまっているのではいけないんですよ。
――わかる人にだけわかればいいでは間に合わないですよね。今後の展開は、私たちに一人ひとりにかかっているのですね。今日はどうも有難うございました。
(聞き手:社団法人日本フィランソロピー協会理事長 高橋陽子)

山本 良一 (やまもと りょういち)氏
東京大学 生産技術研究所 教授
1946年生まれ。東京大学工学部冶金学科卒業。工学博士、文部科学省科学官、エコマテリアル研究会名誉会長、日本LCA(ライフサイクルアセスメント)学会会長、グリーン購入ネットワーク名誉代表など、多くの要職を兼務。著書に、『地球を救うエコマテリアル革命』(1995年/徳間書店)、『戦略環境経営エコデザイン』(1999年/ダイヤモンド社)、『サステナブル・カンパニー』(2001年/ダイヤモンド社)、『1秒の世界』(2003年/ダイヤモンド社)など多数。

2005年10月13日

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